パストラーレ

夢の世に かつ微睡みて 夢をまた 語る夢も それがまにまに

ミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』を観劇してきました。

はじめに

タイトルのとおり、ミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』を観劇させていただきました。私はNEWSのオタクなので、最初のきっかけこそ「増田さんが出る」ということでしたが、にわかとはいえミュージカルは好きですし、アメリカをはじめとした欧米史にズブズブの学生時代を送っていたので、観る前から絶対に好きな作品なんだろうとわくわくしていました。案の定、というか予想以上に楽しむことができました。

1 『ハウ・トゥー・サクシード』とアメリカについて

本作『ハウ・トゥー・サクシード』は、 作家シェパード・ミードがアメリカのビジネス社会を風刺した本『How to Succeed in Business Without Really Trying(努力しないで出世する方法)』を基に製作された、1961年初演のブロードウェイ・ミュージカルです。

1960年代のアメリカを舞台に、増田さんの演じるフィンチが「努力しないで出世する方法」を手引きにし、ビルの窓ふきからあれよあれよという間に大企業でトップに上り詰めていく…というのが大筋の物語。フィンチにひとめぼれをしたローズマリーとの恋、身内のコネを全力で使って出世を企むバドとの応酬、ヘディ・ラ・ルーのハニートラップなど色々なことが展開されつつも、フィンチは順調に出世をしていきます。…が、テレビ番組の企画で重大なアクシデントを起こしてしまい、責任問題に発展してしまいます。責任を取り、会社を辞めてビルの窓ふきに戻ろうとするフィンチですが、持ち前の機転と運のよさでピンチを乗り越え、ハッピーエンドで幕を閉めます。

コメディらしく、終始ハッピーな雰囲気で作品は進んでいきますが、「A Secretary Is Not A Toy(秘書はオモチャじゃない)」で見られるように、セクシュアルハラスメントパワーハラスメントをジョークにし、皮肉っている表現もあります。

基になった『How to Succeed in Business Without Really Trying』が発表された1950年代や、ミュージカルが初演された1960年代初頭のアメリカでは、若者が既成の価値観・文化に反発するようになりました。この流れは1960年代後半以降になるとさらに広がりを見せていきます。いわゆる「カウンター・カルチャー(対抗文化)」と呼ばれるものです。若者が反発した価値観の中には、セクシュアリティや女性の権利、権威主義といったものも含まれていました。

そんな時代背景の中で作られたことを踏まえると、「秘書はオモチャじゃない」などの表現も、そのような既成の価値観に対する、ユーモアたっぷりな反抗のひとつだったのかもしれないと感じました。

もうひとつこの時代の作品らしいと思ったのが、全て順調に進んでいたはずのフィンチが失敗を犯してしまったテレビのシーンです。第二次世界大戦後、アメリカでは娯楽と情報の源となるテレビが登場しました。1953年には全世帯の2/3にまで普及していたといいます。アメリカを代表するエンターテイナーであるウォルト・ディズニーも、1955年に開園したカリフォルニア州アナハイムのディズニーランド建設のための資金を、テレビを利用して集めました。

20世紀のアメリカは、メディアの力を借りて宣伝をしたい企業と、企業からの広告収入に頼るメディアの相互依存によって経済発展が進んできました。企業とメディアは、互いに自立した状態でなければ、事実を作為的に変えたり、捏造したりすることに繋がります。いわゆる「やらせ」と言われるものですが、アメリカにおける「やらせ」の有名な例がクイズ番組「21」です。

1950年代、アメリカでは高額の賞金を売り物にした番組が乱立していました。そのひとつであった「21」は1956年から1958年に放送されていましたが、このクイズ番組に出演し、連勝していた回答者の風貌や品格が望ましくないと感じたスポンサー会社がプロデューサーに苦情を入れたことが事の発端でした。プロデューサーは回答者にわざと間違えるようにもちかけ、回答者は悩みながらもその申し出を呑み、他の回答者が彼と接戦の末勝利するという劇的な演出をしました。しかしこの「やらせ」は白日の下にさらされ、「21」以外の高額クイズ番組もほとんどすべてが放送休止となりました。*1

クイズ番組とは若干毛色が異なるものの、謎解きの要素を含んだお宝探しを題材としたテレビ番組であること、高額の賞金よりもインパクトのある商品として自社の株を宝物に設定したこと、フィンチが何度も「やらせじゃない」と言っていたこと、結果としてこの出来事でフィンチが危機的状況に陥る辺りは、この時代のアメリカ大衆文化を象徴しているように思ったと同時に、このスキャンダルのことも意識されていたのかな、と思いました。

2 エンターテインメントの必要性

2020年2月26日。あの日からエンターテインメントの世界は大きく変わってしまいました。リハーサルなど準備を進めていた最中、開演数時間前に急遽コンサートが中止となったアーティストもいれば、直近のコンサートを延期、中止としたアーティストも多くいました。テーマパークは軒並み閉園、映画は次々と公開が延期になり、演劇やミュージカルも休演が相次ぎました。

始めこそ「3月半ばには…」「4月になれば…」などと思っていましたが、今思えばそんな状況ではありませんでした。7月、8月と、段階的に緩和されてきた部分はありましたが、こんなにも無事に幕が上がるのを切に祈ることになるなんて思ってもみませんでした。

今は少し違う仕事をしていますが、私は文化芸術に関わる仕事をしていました。研修を受けに行くことももちろんあったのですが、その研修で聞いた中で、今でも忘れられない話がひとつあります。それは「文化芸術は生きていく上で必ずしも必要ではない。だから有事の際には真っ先に切られることが多い。でも、最低限の衣食住を確保していればいいのか。確かに生きていけるだろうが、果たしてそれは『人間らしい』と言えるのか」という話です。私は、この文化芸術にはポップカルチャーやエンターテインメントなど、幅広いものが含まれると解しています。

提供する側としても享受する側としても、「有事の際に真っ先に切られる」というのを、こんな形で痛感することになるとは思いませんでした。今は享受するのみの立場になりましたが、「文化がなくても生きられるけど生きられない」というのを、2月末からの数か月で痛いほど感じました。

「こんな時にコンサート/演劇/ミュージカルなんて…」という意見を持つ人は少なからずいるのだろうと思います。それはそれで間違っていないと思うので、否定はしません。でも、立場や従事した期間は違えど、文化芸術/エンターテインメントが持つ力を愚直に信じて提供していた身として、今このタイミングでこのミュージカルを完走する意味というのはものすごく大きいと思っています。

私は10月3日の大阪公演を観劇しました。7月くらいから映画館や劇団四季のミュージカルにはちょこちょこ行っていたので、最近は「1席おきに座る」という感覚が染みついていました。でもこの日は、隣に人がいました。当たり前だったはずなのに、当たり前じゃなくなっていたことに気づかされたと同時に、まだ決して油断なんてしてはいけないし、個人個人が万全の対策を続けていかないといけないことは大前提にあるけれど、それでも人が埋まった劇場の景色を見て、少しずつ前に進んでいる感じがして、胸がじんとなりました。きっと東京の景色を見ていた演者の方は、舞台の上からこの客席を見て、私たち以上に思うことがあったんだろうなと思います。

3 増田さんとエンターテインメント

ハウ・トゥー・サクシード』自体は、今までに日本国内でも何度か上演されています。ただ、私は過去の作品をなにひとつ見られていないので、今回の作品しか知らないNEWSのオタクとしての話をします。

とってもキュートでチャーミングでした

この作品が持つコミカルな雰囲気と、「まっすー」の持つ柔らかくてキュートな印象が混ざると、あんなに可愛らしいフィンチになるんだろうなぁと思いました。増田さんらしいフィンチで、すごく愛らしかった。…かと思いきや、歌は上手いし踊りもめちゃくちゃ踊れるし、なんなん?ズルやん。(?)

…っていうオタク全開な感想もしっかり抱きつつ。笑

私は今まであまり増田さんについて話すことが多くなかったと思うのですが、増田さんのコンサートを始めとしたエンターテインメントにかける想いと熱量がすごく好きです。そういったことを全て言葉にして表現しないのを、エンターテインメントを提供する側としての美徳だと考えているようなところも含めて。

増田さんは舞台上の表現で想いや熱量を伝えてくれる人だと思っています。増田さんにとって今回のミュージカルにかける想いが並々ならぬものだったことは、ただのファンのひとりでしかないけれど、少なからず受け取っているつもりです。

月並みな表現しかできない自分に辟易してしまいますが、このような中で絶対に完走するという増田さんの熱量は、エンターテインメントに携わる人間の姿勢として本当にかっこいいと思いました。本当にかっこよかったなぁ。(2回言う)

あと、ダンスのシーンを観ていて感じたのが、王道のブロードウェイミュージカルらしい演出だったということです。今回の作品で振付・演出を担っていたのが、ダニエル・ラドクリフ版の同作にも携わっていた振付、演出家のクリス・ベイリーさんなので、当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、観ていて心が高ぶるものがありました。というのも、私は物心つく前からディズニーにズブズブで育てられてきて、今ではショーやパレードが大好きなオタクだからです。ビッグバンドビートやハロー・ニューヨーク辺りが好きなディズニーファンの人は、きっとアメリカの王道ミュージカルも好きだと勝手に思ってるんですよね…。

増田さんが2020年8月21日に放送された「アナザースカイ」で「もう一度行きたい場所」として挙げたのがラスベガスでした。母、姉、姉の友人が勝手に履歴書を送り、「どうせサッカーの試合にも出れないんだからオーディションに行け」と言われてしぶしぶ行ったのが増田さんのジャニーズ人生の始まりでしたが、その後初めて見た東京ドームのコンサートの景色に感動したという話を何度もしています。また、この時のアナザースカイでは、ジャニーさんに連れて行ってもらったラスベガスのショーに魅せられたという話をしていました。

あのアナザースカイを見た時、私はウォルト・ディズニージャニー喜多川さんのことをふと思い出しました。幼少期のウォルト・ディズニーは、サーカスやチャップリンに魅せられてエンターテインメントに興味を持つようになりました。また、ジャニー喜多川さんも1931年にカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ、一時は日本に帰国していたものの、高校・大学時代はロスで過ごし、現地のミュージカルやショーに触れていたと言います。そしてブロードウェイに負けない、世界に認められる日本のショービジネスを作ろうと、ジャニーズ事務所を設立し、多くの作品をプロデュースしてきました。

私が好きなアイドル、エンターテイナー、プロデューサー。三者に共通していたのが「若い頃にアメリカのエンターテインメントに魅せられ、自らもそれを提供する立場になったこと」。この共通項は偶然なのかもしれませんが、自らがエンターテインメントに魅せられた経験があるからこそ、自分自身が作るものにも徹底的にこだわり続けることが出来るのだろうし、享受する私達も感動することが出来るのかもしれないと思いました。

そんな増田さんがアメリカのブロードウェイ・ミュージカルである『ハウ・トゥー・サクシード』という作品に出演したというのも、なんだか不思議な巡り合わせだなと感じます。とっても素敵な作品でした。

おわりに

何よりもまず、無事に終えることができてよかったです。お疲れさまでした!

色んなものが無くなってしまった今、このミュージカルに行けるというのが結構心の支えになっていた部分がありました。

作品自体も明るくて、観終わった時に多幸感に溢れた気持ちになれて、まさにこの時代に必要なものだったなと思います。終わってからもず~~~~~~~っと拍手し続けていたいくらいでした。

ミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』、全公演完走おめでとうございました!!!

 

 

<参考>

古矢旬編(2006)『史料で読む アメリカ文化史5 アメリカ的価値観の変容 1960年代ー20世紀末』東京大学出版会

ニール・ゲイブラー(2007)『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』(中谷和男訳)ダイヤモンド社

笹田直人・野田研一・山里勝己編(2013)『世界文化シリーズ③ アメリカ文化 55のキーワード』ミネルヴァ書房

*1:ちなみにこのスキャンダルを基に、1994年に『クイズ・ショウ』という映画が製作・公開されています。

美しい恋にされました。

2020年9月12日(土)にTHE MUSIC DAY2020が放送されました。

オタクが大好きな毎年恒例ジャニーズシャッフルメドレーもあり、NEWSからは「チャンカパーナ」が歌われることが発表されたのが放送1週間前の話です。

この時は「まさかそんな二宮くんがチャンカパーナ歌うなんて、私に都合いいことあるわけ~!ウィークエンダー(※前も歌った)とかDarlingとかっしょ~!」みたいなテンションでした。この時の私に言いたい、お前死ぬぞ。

 

で、放送前日に歌うメンバーが発表されました。

落ち着け。

 完全に余談ですが、私は少し落ち込んだときに、過去の様子のおかしい自分のツイートなどを見ると「バカじゃんwww」と元気になります。つまり、この辺りは元気になるツイート群です。

 

当日は予定があったので20時過ぎくらいからしかリアタイできませんでした…というか、正確には予定があってシャッフル全く見られないと思っていたら、まさかのシャッフルpart2には間に合ってしまうことが発覚し、「やばい、これは死ぬ」となりました。

コヤシゲは前半に終わってしまっていたので(悲)、Twitterを見てこっちが「なんでやねん」となるほど小山くんのええじゃないかが可愛いのと、ウィークエンダーのシゲちゃんが髪の毛ふわふわで可愛いのと、ふたりとも可愛いのに衣装が増田貴久デザインのFIGHTERS.COMのバチボコイケイケ衣装だったのと、櫻井くんをセンターに風神雷神か何かのようにコヤシゲが宙船を歌ったのと、何故かピンポン玉入れとかいうNEWS担しか分からない身内ネタ披露してたのをなんとなく把握し、オタクとテレビ前でシャッフルを待機していました。

 

ズッコケ男道を楽しく大はしゃぎで見て、坂本くんと大野さんの愛のかたまりで「は?やば。歌うま。優勝。ハモリ最高。円盤にして。」と静まり返るオタク2人。あれは最高だった。

Darlingはメンバー見たときから確信してたけど世界平和すぎでしたね…相葉くん可愛い…ずっと可愛い…。

で、シンデレラガールは下ハモを歌っているはずなのにカメラに抜かれまくり、完璧に踊っていた潤くんに「よかったね!!!!!!!!」となり、やってきました我々のチャンカパーナ

 

「せっかく4人で歌うのにセリフないんかーい!!!」となりつつも(笑)、クリームパンか雪見だいふくみたいな丸くてふわふわした手でチャンカパーナ踊る二宮くんで気が狂うオタク。(クリームパンとか雪見だいふくみたいな比喩を出してくる私、二宮くんのことを一体なんだと思っているのか)

「二宮くんかわいい…かわいい…」とか思ってたらさ、マイクスタンドからマイク取るじゃん?え、最後のロングトーン歌うん?え?こちとらかつて手越の女だったんですけど?そこを大好きなあなたが?歌って?くださる???え?????死ぬ前の夢か??????????

 

二宮くん「チャンカパーn

私「ありがとうございまぁぁぁぁぁぁあああす!!!!!!!」

 

食い気味に感謝の言葉を叫んでしまったので、今冷静に考えたらリアルタイムでちゃんと二宮くんの歌声聴こえませんでした。私は落ち着こうね。

落ち着こうね。

 

シューイチもだし、今日も色んなワイドショーで二宮くんのチャンカパーナ聴けて「はぁぁ…」ってなりました。最高です。

 

先述したとおり、私はかつて…というか、今年の6月19日まで手越担でした。一緒に夢を見るなら、幸せになるならNEWSの3人とがいいと思ったので、今ここにこのような形で存在しています。

私は薄情なのか能天気なのか分かりませんが、かつて手越の女だった人類の中では比較的前向きにハッピーに元気に生きている方なんだろうなぁと勝手に思っています。

でも、正直ふとしたときに4人が恋しくなることがあるので、まだこの状態ではチャンカパーナなんて聴けたもんじゃないなと思っていました。

「この楽曲のこのパートはNEWS3人の中でこの人に歌ってほしいな」と勝手に考えるような気持ちの余裕はあるのですが、チャンカパーナの最後みたいな、「4人のNEWSの代表曲」の「NEWS・手越祐也の象徴」と言えるようなパートを他の人が歌うっていうのは、やっぱり心の奥の方がチクッと痛くなるので。いつか痛くならなくなるといいな。

 

そういう理由で、私個人としては3人のチャンカパーナを聴くのはまだキツイなと思っていました。そしたら、そのパートを大好きな二宮くんが歌ってくれた。本当に本当に嬉しかった。すっごくかっこよかった。

手越の女だった私の亡霊がちょっぴり心に残っているので、本当に性格が悪いなと思うのですが、今回のシャッフルでこのパートを歌ったのが二宮くん以外だったら「手越くんだったらな…」と思っていたような気がします。上手いとか下手とかそういう話ではなく。何回でも言うけど二宮くんが歌ってくれて嬉しかった。二宮くん、ありがとう。

 

ずっと手越くんの歌声が大好きだったし、手越くんのチャンカパーナチャンカパーナでもちろん大好きなのですが、それはそれとして。

二宮くんの高音も歌声もずっと大好きだから、あの最後のロングトーン歌い切った時に「好き~~~~~!!!!!!!」となりました。直前まで踊ってた可愛い二宮くんから爆イケになるもんだからオタク死にかけた。マイクスタンドに置かれた手もよかったし、横顔というか耳から顎にかけてのフェイスライン大好きだから眼福すぎる角度だったし、めったに見られない首の血管まで見られたし、ありがとうチャンカパーナ。いい楽曲です。

あと「二宮くんってあの高音出るんだ…?!」と言われていたの、ちょっとドヤ顔してしまいました。高音出るんですよ…まさかこんな形でバレるとは…嵐の楽曲でも高音フェイクしてるよ…私の大好きな二宮和也パートを聞かれたらたくさん答えちゃうよ…ちなみに大野くんも歌上手いし高音出るよ…よろしくお願いします…(?)

 

下手したらチャンカパーナは一生まともに聴けない気がしていたので、二宮くんがこういう形で歌ってくれてすごく救われました。前々から「二宮くんは私の心をケアしてくれるからベイマックス」とか言っていたけれど(???)、まさかこんな形で助けられるなんて思わなかった。ありがとう。

 

NEWSがいつかチャンカパーナ歌うのも楽しみだな~!

NEWS・小山慶一郎さんからウミガメが届きました。

2020年8月9日、日曜日。

のんきにテイクアウトのピザを食べていた私のもとに、1本の着信が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、東海テレビです。」

 

 

 

 

はじめに

タイトルのとおり、小山慶一郎さんからウミガメが届きました。何を言ってるか分からないと思いますが、本当の話です。

今日に至るまでのあれこれに言及するので、その辺りは各自で自衛していただければと思います。触れざるを得ないかなと思うので。あとファンサやらなんやら、他人のハッピーな話を読むと蕁麻疹が出てしまう人もオススメしません。

こちらとしてはそんな暗い話をするつもりはないですし、マウント取る意図も、誰かを傷つけたり不快に思わせたりする意図もありません。「意味の分からない愉快な女がいるなぁ」と、軽い気持ちで笑い飛ばしてもらえれば幸いです。

 

これは「終わりの話」ではなくて、「始まりの話」です。

登場人物

登場人物、私について。

私はずっと手越さんのファンでした。6年くらい茶の間で応援していて、その後6年は現場にも行きまくっていました。全国どこにでも飛び回っていましたし、コンサートのみならず番組協力にもタイミングが合えばホイホイ申し込んでいました。まあまあ気が狂っていたと思います。なお、手越さんのファンとは言っていますが、大前提としてNEWSまるまる箱推しです。

他には嵐が好きです。二宮さんが好きです。ディズニーも好きです。PerfumeOfficial髭男dismも好きです。その他色んなものに手を出しては騒いでいます。

色々なものに手を出してはいますが、間違いなく長い間生活の中心にあったのはNEWSであり手越さんでした。

広島スタンドFブロックの女

話は遡って、2017年。

NEWSがNEVERLANDというライブツアーを行っていた時の話です。

私が参戦する広島公演は6月1週目の土日でしたが、その前週である5月末。和歌山公演の直前、手越さんに色々とありました。

あの時は本当に心が死滅していて、全然寝れなかったり、寝ても悪夢しか見なくて夜中にすぐ目覚めたり、ご飯の匂いだけで吐きかけて何も食べられなくなったり、自分で思い返してもひどい状態でした。本気でもう二度と会えなかったらどうしようと思っていました。広められている内容が内容だったので。

その週末にコメントを出し、和歌山公演も(一応)無事に終え、広島公演。

テゴマスリフター前かつスタトロ最前の席のチケットが来た時は、まさかこんな気持ちで行くことになるとは思わず、本当に浮かれていました。
スタトロはコヤテゴが先に回ってくる位置だったのですが、ちょうど出入口で席削れていたところの真横の席だったのもあって、トロッコでこちらに向かってくる手越さんは、ずっと上の方のファンの子に手を振ってファンサをしていました。
別に私自身はファンサ命なわけでもないですし(でももらえるならもらいたい)、なんなら推しを近くでは見たいけど認識されたくないタイプなので、「まあ気づかなくてもしょうがないよね、でもそうやって上の方まで見てくれるところ好きなんだよね」と思いながら近づいてくる手越さんを見ていました。

私の前に来た手越さんは、突然私の方ににこっと笑顔を向けて手伸ばしてきました。私、別に手伸ばしてなかったのに。私が視認できた範囲では私だけピンポイントでそんなファンサしてくれて、その後はしていなかったと思います。

この話を、ずっとずっと私は色んな人にしてきました。あの時、体温だとか、そういうものに「存在していること、人間だということ」をあまりにも認識させられてしまったのです。

NEVERLANDツアーオーラスの東京ドームで、手越さんは見たこともないくらい泣いていました。それもあって、あの広島で手越さんが手を伸ばしてきた時、どうか少しでも救えていたらとずっと思っていました。

 

 

 

思えばずっと、私はこの日の出来事にすがりついて生きていました。

 

 

 

 

主目的にしないこと、好きになりすぎないこと

先述したとおり、私は嵐の二宮さんのファンでもあります。二宮さんが過去にインタビューで話していた言葉で、ずっと忘れられなかったものがありました。

ファンの人たちの働く目的が「嵐のものを買うため」になっちゃいけないって僕らは思ってるんです。ちょっとしたモチベーションになるのはいいけど、それが主たる目的になっちゃいけない気がする。自分で稼いだお金は、その人自身に投資するべきで。それより「嵐」はひとりひとりの生活のサイクルの一部になればいいと思っています。*1

このインタビューを読んだ当時、私はまだバイトもしたことがないような学生でした。嵐以外でお金を使うところといえば学校帰りに友達とカラオケやサイゼなんかに行くくらいだったのもあり、その時はまだピンときませんでした。

それから数年が経ち、大学生になってバイトをするようになり、気づけば社会人になっていました。始めこそ、NEWSも手越さんも、ちょっとしたモチベーションだったと思います。でも、NEVERLANDの時期に起こった出来事があまりにもトラウマになってしまった私は、急にいなくなるようなことがあっても後悔したくないと、必死で手越さんにすがりつくようになっていました。

2020年3月、NEWSの加藤シゲアキさんが『できることならスティードで』というエッセイ集を出しました。「小説トリッパー」で連載していたものに書き下ろしを加えたものになるのですが、私は連載で読んでいなかったため、単行本で初めて本エッセイを読みました。

その中に、加藤さんがスリランカを旅した時の出来事が書かれていました。中にはスリランカ人のガイドが話してくれた仏教の教えの記述があるのですが、それを読んだとき、心のどこかに残っていた二宮さんの言葉が痛烈に想起させられました。

何かを好きになりすぎると別れがつらかったりします。苦しみもあります。いろんな問題が生まれます。愛することは大事ですが、好きになりすぎることはよくないという教えです*2

心のどこかで分かっていました。私は今、二宮さんがあの時にインタビューで「こうなってはいけない」と話していた生き方をしていると。他人を生きる理由にして、自分の幸せを他人に委ねていたって、本当の意味で幸せになんてなれないと分かっていました。分かっていながら、手越さんがふっと消えてしまうのが怖くて、自分でも止め方が分からなくなって、ずっと何かに怯えて、ずっとずっと目を背けていました。

何も分からなくなった日

2020年6月19日。そんな私の世界が引っくり返った日。

先述したように生きていたら、いつかいなくなった時に生き方が分からなくなることくらいは分かっていました。

こんなことで死にたくないし死んではいけないとは思っていたのですが、如何せん本当に生きる理由が分からなかった。

 

5月に手越さんが活動自粛になってから薄々戻ってこないような気はしていたので、その時から「NEWSが3人になったら3人についていくかどうか」ということはとても考えていました。(手越さんが抜けたときに芸能活動を続けるか、当時はまだ分かっていなかったので)

 

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当時のTwitter(※まさかのリア垢)

この時も「3年前」を引き合いに出すくらい、NEVERLANDの出来事が私にとっては大きかったんですね。本当にトラウマでした。

基本的に私はテンション高めでお送りしていますが、結構この時からずっとしんどかったです。本当に3人のことは大好きだし、3人になっても好きでいたいという気持ちは間違いなく大きかったですが、実際に追えるかどうか分かりませんでした。

Johnny's Happy Live with youの配信も、最初は見られる自信がありませんでした。でも、増田さんが更新してくれたRINGを読んで見ようと思いました。私のような立場の人間がいることを分かって決めたのだと思ったので。

 

私、本当に4人まるまるNEWSというものを愛していたんですよ。他のメンバーにもアホほどわき散らかしていたし、箱推し通り越してグループ内クソDD状態だったと思います。

私にとって手越さんは確かに特別だったし大好きだったけれど、同じくらい増田さんも加藤さんも小山さんも特別で大好きでした。

 

だから、道が分かれてしまっても全員を好きでいたかったんです。でも、好きで好きで仕方なかったから、いざ手越さんが抜けるとなった時、いくら心の準備をしていたとはいえ、目の前が真っ暗になってしまいました。手越さんのことも3人も好きでいたいとずっと言っていたくせに、分からなくなってしまいました。

ここまで入れ込んでしまった私にも多少非はあるのかもしれませんが、もう誰も好きになりたくないとまで思いました。完全にNEWSに関して、気持ちが迷子になってしまいました。

私の好きなもの

生きる理由が分からなかったけれど、どうにか生きる理由を探したくて、自分の好きなものは何だったか思い出す作業をしました。

イルカ、ペンギンといった水族館にいるような生き物が好きでした。星空も好きでした。ディズニーは小さい頃からめちゃくちゃ大好きです。学生時代は英語だとか外国語も好きでした。世界史や外国の文化も大好きでした。美術館や芸術祭、アートイベントも大好きです。

好きなもののことを考えて、次に「死ぬまでに何をしたいか」を考えました。

死ぬまでにイルカと泳ぎたい。野生のペンギンを見たい。あわよくばペンギンと遊びたい。空いっぱいの星空が見たい。世界中のディズニーパークを制覇したい。そうなるときっと外国に行くことが多くなるから、また外国語を色々勉強したい。教科書でしか見たことがない世界の国々に行きたい。ゴッホローヌ川の星月夜をいつか直接見たい。

…え、人生足りなくない?!

なんと、生きる理由がないどころか人生足りませんでした。大変です。

離したくなかった手

好きなもののことを考えていたのと並行して、NEWSのこともどうにか整理しようとしていました。落ち込む時はとことん落ち込むのが私のスタイルなので、好きなNEWSの歌を聴いて地の果てまで落ちるなどしてみました。そんな中ではっとしたのが、クローバーの加藤さんでした。

私が加藤さんをシゲぴと呼んでいるのはいつものことなのでスルーするとして。

 

先述したNEVERLAND広島の時、手越さんの前に手に触れた人がもう一人いました。その時の温かくて大きくて柔らかくて優しい手がずっと忘れられませんでした。それが小山さんでした。

加藤さんのクローバーを聴いて、絶対この手は握っていたい、NEWS3人からは離れたくないと思いました。

決められない担当

NEWS3人のことを好きでいようと決めて1か月以上、担当は決められませんでした。理由としては主に2つありました。

①手越さんが抜けて、その代わりに…なんて湿っぽい感情で決めたくなかった

②周りの3人のファンのお友達のことをずっと見ていて、彼女たちの愛の深さを知っていたので、担当なんて名乗るのがおこがましくて後ろめたかった

あとはちょっとだけ、誰かを好きになるのが怖かったのはあります。

 

いや、まあ今Twitter見返してたらずっと小山くんに狂ってたんですけど。

<参考>バラダンで小山くんが浴衣だった日の私

 

これはひどい。(自分)

 正直、手越さんがいた頃からこんなんだった感は否めないんですけども。(手越担だった私のひどさはお察しください)

でも先述したような理由で、誰の担当も名乗れないなあと思っていました。

名古屋港水族館の話

さて、イルカと泳ぎたい&ペンギンと遊びたい私ですが、こんなご時世なのでなかなか実現できません。なのでまずは地元の水族館に行くことにしました。それが名古屋港水族館です。

友人たち(NEWS担)と予定があったのが7月19日だったので、タイチサンの生放送の日でしたが、その日に行くことにしました。友人たちと「タイチサンのロケで名古屋港おいでよ~」とか話しながら、イルカとかペンギンを見ていました。

 

8月9日放送分の予告を見てびっくりしましたよね。

 

小山くん、名古屋港水族館来とるやん。

 

8月9日のタイチサンはリアタイしたのですが、私たちがいたときはずっと背中しか見せてくれなかったシャチのアース、小山くんの前ではめちゃくちゃ泳いでて笑いました。分かるよ。小山くんが来たら嬉しいよね。

タイチサンでは毎回視聴者プレゼントがあるのですが、この回は小山くんが選んだウミガメのぬいぐるみが含まれた名古屋港水族館レゴランドグッズの詰め合わせでした。

特に深く考えず、いつも通り番組への感謝の言葉とともに応募した私。

 

そしてかかってきたのが、冒頭の電話でした。

 

そもそもこういうの当選したことないから知らなかったんですけど、わざわざ電話してきてくださるんですね…丁寧…ありがとうございます…。

 

で、その結果がこれです。

同じ日に名古屋港水族館行ってただけでも面白かったのに、その日に小山くんが選んだウミガメのぬいぐるみが届いてしまう。彼氏か?

湿っぽい気持ちで誰かを好きになりたくなかったんですけど、このタイミングで、なんだか心の中のじめじめしたものが自分の中で全部無くなりました。くそちょろ女です。

分かってます。25人が当選するものだし、届いたものはスタッフさんたちの手を渡ってきているものであり、別に小山くんが選んで箱詰めしたものではないことくらい。でも、ディズニー生まれディズニー育ちのオタク、夢を見るのは得意なので。ミッキーはミッキーなんで。中の人とかいないんで。これは小山くんからのプレゼントなんで。

 

別にウミガメ当たったことだけが理由ではなく、挙げていったらちゃんと色々理由はあるのですが、

「ウミガメ出の小山担」ってワード、面白くない????

 

とりあえず周りの親しい小山担にこの旨を報告し、ついでにリア友にも報告し、「ウミガメwwwwwwwww」とめちゃくちゃ笑われて今日に至ります。みんな優しくてよかった。私の周りの人たちみんな幸せになってほしい。幸せになってくれ。

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8月15日、本日届きました。かわいい。

手越さんの代わりでも何でもなく、というか最初から3人のことを代わりだなんて思ってはいなかったんですけど、今はめちゃくちゃポジティブな感情で「小山くんが好き!!!!!!」って思っています。なんなら「好き」って思ってからちょっと恥ずかしくて顔が見れなくなってきました(?????????)

まあでもやっぱ周りの小山担の子たちの愛の深さは見てきているので、こじんまりと生きていきたいなと思っています…私のことは小山担ワールド(?)の片隅にちょこっと置いといていただければいいんで…最後列とか最後尾とか見切れとかでいいんで…。ぽっと出の女がまじサッセ…。

おわりに

最終的に手越さんとどうなったか(?)を書いていなかったので一応触れておくと、私の中でどうしても許せないことがあった*3のと、あとはきっと手越さんのこと追いかけたら、私の意志の弱さ故にまた自分の人生を見失ってしまいそうだから、いったん距離を置くことにしました。まさかあんなにずぶずぶに依存していた自分が、こんな選択をするなんて思っていませんでした。人生何が起こるか分からないですね。でもきっとずっと嫌いになれないし、敵か味方かと言われたら味方でいたいと思ってしまうし、NEWS・手越祐也のことは大好きです。ていうか、人を嫌いになったり、人にネガティブな感情を向けて言葉の刃物を投げつけるのが苦手なだけなんですけどね。

ここ3年くらいの私を思い返すと、自分の好きなこと、やりたいことが少し見えなくなっていたなぁと思います。やりたいことを考えてからというもの、本当に生きるのが楽しいんですよ。このご時世だからなかなか実行はできないし、なんなら水族館行った頃よりも厳しくなってきてしまってはいるんですけど、るんるんでペンギンの写真集見たり、日本のオススメ水族館を紹介しているYouTube動画見たりしています。楽しい。ちなみに私の推しペンギンはヒゲペンギン(チンストラップペンギン)です。

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私の推しペンギン

さて、ウミガメから1週間が経とうとしていますが、正直今とてもわくわくしています。人を好きになるって楽しいね。楽しい。

あとすっごくのびのびしているんです。なんだか分からない解放感があります。別にお願いされていたわけでもないんですが、今までの私は髪の毛をずっとロングにしていたし、服を選ぶ時は黒より白だったし、女の子らしいふんわりした格好を選ぶようにしていたし、スカートばかり身に着けていました。手越さんが好きだったから。そういった格好が嫌いだったわけではなく、むしろ好きだったんですけどね。でも今髪の毛をばっさり切って、黒やパンツスタイルを選ぶようになって、どこかで無理してたのかもなぁと思い始めています。勝手に自分で自分を縛り付ける私って本当におバカですね。

上手く言えませんが、もう今後は勝手に自分で縛られることなくNEWSや小山くんのこと好きでいられるんだろうなと思っています。私は自由だ~~~~!!!生きるの楽し~~~~~~!!!!!

 

 

 

最後に、小山くんの死ぬほどめちゃくちゃ好きなところ話してもいいですか?

 

耳から顎にかけてのシュッとしたフェイスラインです。

*1:「SPUR」2010年11月号、集英社

*2:『できることならスティードで』2020年3月、朝日新聞出版

*3:とはいえ、許せないのは私の問題なので手越さんにとやかく言う気はありません。